九月四日 曇 月 十月十九日
日付: 1868-10-19
Diary Entry
九月四日曇 月十月十九日
弐十弐フラ八十サ 山高分荷物三ツ分巴里より馬港迄
壱フラ コンネスマン
百八十九フラ四十五サ馬港より横浜迄運賃
〆
九月四日飛脚船会社払 荷物運賃残
一 九百九十七フラ三十五サ 惣勘定差引残
コロネル渡教師被下
一 五百フラク 但同人書状を以願出ニ付
同人渡
一 四百八拾フラク 御旅行中御入用
同人御立替之分
ヒヤリイトより馬港之処迄
一 百フラク 同人巴里帰途入用
一 六拾フラク 御傘壱本、敷物壱枚
馬港ニ而
一 千八百フラク トルラル英貨に為替いたす
一 九拾フランク 倚子五《(椅)》ツ 壱ツ
一 七百フラク 船中ニ而小遣被下
九月四日
一 三拾フラク馬港客舎小遣酒代
九月六日メシーナ
一 弐十フラク 珊瑚枝壱本
一 八フラク 御上陸船賃
一 六フラク平八郎
朝篤太夫飛脚船会社江罷越、船部屋及荷物積入等之儀引合、賃銭残相渡す、夫より御買上物いたし罷帰る
第九時頃市中御遊覧、コロネル、玄伯等御供、第十一時午餐、午餐写真御写真御越《(後脱カ)》《(ニカ)》、コロネル御供、夫よりコロネル市尹役所江為御挨拶御名札持参罷越す、篤太夫御買上物御用飛脚船諸引合向等いたす
教師よりコロネル江書状を以願出ニ付五百フラ被下、ジユリイ召使之儀ニ付名代人罷出□□篤太夫引合差帰《(候間カ)》す
第三時御乗船、コロネルも御船迄御供いたす
御船はペリユーズといふ飛船なり、此日朝より雷雨にて、殊風烈しく波濤はけしく、一同海疾なるへくと更に快然の想なし、夕五時頃より細雨来る、御附添コロネルビレツト御暇申上引取、第七時十分発釘《(〓)》せり夜中船少しく動揺せしが思ひしよりは安かりし